その当時からも、結構冷静に、
(なんで私、こんなにイライラしてるんだろう。。)と思っていて、私の場合、自分がイライラしていることに対してストレスを感じ、今となってはそれが「子育てって大変…」という言葉に変換されていたのかもしれません。
よくイライラしてた時に言っていた内容を思い出してみました。
「宿題やったの?」「もう行く時間でしょ」「昨日給食で使ったお箸出して」「連絡帳、見てないんだけど」「絵具セットちゃんと準備したの?」「お母さんさ、いつまで○○の着替え準備しなきゃいけないのかな?」etc…(言い出したら尽きないのが負のスパイラル。。)
ここで、私のイライラを解消する手助けをしてくれた、もう一人、とても有名な方。高濱正伸先生のyoutubeで聞いた内容が、スッと自分自身に入ってきました。
人を不幸にするもの。それが
『比較、人目、やらされ、コンプレックス』
この4つだとお話ししていました。
私のイライラを感じていた内容のそのほとんどが『人目』を気にするがために出ていた言葉。
宿題やっていかなかったら娘の担任の先生に私がどう思われるか。
遅刻していったら学校に私がどう思われるか。
連絡帳に保護者のサインがされていなかったら親である私がどう思われるか。
忘れ物をしていったら私がどう思われるか。
(これを書いてるだけでうんざりしてきます。。)自分自身かなり危うい、、と思うのですが、それと同時に、私ってこんなにそもそも誰かと比べるような人間だったっけ!?いつからそうなった!?と驚いたわけです。
「最優位は主体性」。この言葉と出会ってから、変わりました。毎朝言っていた”イライラフレーズ”が自分の口から出てこなくなりました。
(だっていま、私が言っちゃったら、将来、我が子が困ることになるんだ。
・人に言われないと、行動できない人間になっちゃう。
・遅刻してみなさい、どんな気持ち?
・忘れ物しちゃったね。誰が困った?
・いいよ、パジャマで学校行ってごらん)
と心の底から思えるようになりました。恥をかき、失敗して・・・つまり、あなたの選んだ行動が、全てあなたに返ってくるよ、という経験を積ませようと心底思えました。そして仮に娘が恥ずかしい思いをしたとしても、今だったら私がそばにいるんだからいくらでも励ましてあげられるじゃん、という考え方に変わったのです。
しかし、不思議なことに、私が(もう、主体性を奪うきっかけになるような言葉掛けはしないぞ!)と誓ったあの日から、娘はというと、
・自分から宿題に取り組むようになり、
・時間を見て行動するようになり、
・連絡帳を見て「あっ!今日習字セット持って行く日だ!」
と気が付くようになったのです。・・・・・・・いままでイライラしててごめん!
子どもって本当、不思議。というか、すごいな~子どもの能力って本当無限だな~と感じます。
少なくとも小学校1年生から4年半ほど、学校がある日はほぼ毎日わざわざ言い続けてきた事を、親が覚悟を決めた途端(別に娘に、「お母さん、覚悟したから!」なんて伝えてないのに)急に出来るようになるとは。
即ち、私自身が私を苦しめていた、という事です。
「子どもの主体性が大事」だという事に気づくまで、時間がかかってしまったけど、親である自分自身が物事を突き詰めて考えて、しっかり腹落ち出来るまで、色んな人を頼りながら、一つ一つの悩みを解決していくことが大事なことで、それが「親の主体性」を高めていくことに繋がるのかな。


コメント